outcry-ongakuの語り場

電音部に関する記事をちょくちょく書いてます!(不定期更新)

【電音部考察】”音楽原作”だからこそできる考察 Distortion編

はじめに

 電音部1stLIVE、突如として流れた新曲「Distortion」。作詞・作曲は「Hyper Bass」のyunomi先生。この曲のタイトルにある「Distortion(歪み)」の名に恥じぬような難解な旋律やリズム、それに伴う歌詞も難解とyunomiワールド全開と来ており、一回では到底理解できない情報量…だからこそ、考察しがいがある!という事で今回は歌詞をメインにして考察していこうと思います。(音楽方面に関しては浅学なので、どなたか別の方が考察してくれるのを星に祈ります…)

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ハラジュクの”歪み” ~美々兎、雛、紫杏の歪な関係性~

全体に関わる内容:「あなた」について

 「Distortion」の歌詞には度々、「あなた」という言葉が登場する。この言葉に関してはハラジュクのエリア曲では(ハラジュク中での出来事を描く「悪魔のララバイ」を除く)おなじみの「二人称」の登場である。この部分に関する考察は下記事にて深く書いているので、そちらを参照していただきたい。

 

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 この記事において、ハラジュクエリア曲の「二人称」の対象は「ハラジュクメンバー(内部)に向けられたモノと、外の聴衆(外部)に向けられたモノと二つのベクトルの軸が存在する」としたが、電音部ラジオ第26回のコメントより、「Distortion」は美々兎をメインにした「内面の歪み」を描いてるということで、「Distortion」においては「それぞれのハラジュクメンバーへの歪み」と考える事ができるだろう。

キーワード:天体の「歪み」、「引力の作者」とは誰か?

 「Distortion」では、天体に関する歌詞が多く登場するが、そういった中でも「歪み」に関する事象について描かれている。「潮汐」は潮汐力のことで、簡単に説明すると、引力によって引き起こされる事象の一つで、天体の形を”歪”ませる現象である。地球の場合、表面に存在する海水が月からの引力を受け、持ち上げられる事で波が発生する。(同時に、「見かけの力」である遠心力も働いて月とは反対側の海水も持ち上げられ、釣り合いが取られる。)

 では、そういった引力は”どこから”発生するのかというと「重力場」というモノが物理学では定義されている。重力場とは何なのか、これまた簡単に説明すると「重い物体(地球や太陽などの天体)によって”歪む”時空であり、歪む事で引力(重力)を発生させる」というものだ。

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重力場の概念図(Wikipedia重力場」より引用)

 「引力の作者」とはこの「重力場」(ないし、そういった概念を天体レベルに発展させたアインシュタイン)の事であると考えられる。歌詞内の「「どうかあの星を恒星に」」と「引力の作者」に言うのは、恒星は自身の重力(重力場の歪み)による星を潰さんとする収縮に対して、発光する事で反する力を放つからだろう。(でも、だからって重力場なんて物理学の理論は高校生になったからって習わねえよ!!!!)

 ちなみに、我々が空を見上げて見える「星」というモノの見え方にも”歪み”が存在する。それは「重力レンズ効果」である。さっきも言ったとおり、重力場は「時空」であり、恒星や銀河から放たれた光も時空を通って我々に伝わるが、途中にある天体の影響で時空が歪められると、そこを通る光も歪められ、我々に伝わる光(恒星や銀河)の位置がずれたり、他の光とまとまって強く光ったりするというものである。

内容の考察:「星」とは何か?

 さて、天体の「歪み」に関して考察した所で、歌詞の中で重要ワードとして登場する「星」という言葉について考えていく。最初に登場するのはさっきも紹介した「「どうかあの星を恒星に」」の部分だ。この後の歌詞である「まだちゃんと光れない、暗闇にぼんやりサーチライト」の歌詞を考えると「星」=「月」と考えられる。また、その前の「空のうさぎ」は月の兎の逸話と関連付けられ、ハラジュクの兎と言えば、当然、桜乃美々兎と繋げる事ができる。また、「願いを叶える女神様に きっと、祈る」という所も、月は天体崇拝において太陽と対になる存在として、太陽の男性神に対しての月の女性神として存在する事が多かったという事を考えると、「星」=「女神」=「月」=「美々兎」という構図があると推測できる。

 しかしながら、星に願うのは「月」たる美々兎も同じである。実際に、歌い分けの中で美々兎も祈る旨を歌っている。つまり、「星」は「月」以外の意味を持ったダブルミーニングになっている。ここで注目したいのは歌詞の一部である「「その手にするまで諦めんじゃない」 「ちゃんと目を開いて現実を受け入れなさい」 なんて、星は語る」の部分である。「星」とは一つではなく、無数に存在するという所から「人々」の意味を連想させる歌詞は様々な楽曲に存在する。そういった点からも、相反する意見が出る「星」とは「社会」そのものではないかと考えられる。

内容の考察:美々兎と雛、紫杏の視座の違いと歪な「依存関係」

 電音部は現在4つのエリアが活躍しているが、それぞれの「関係性」の成り立ちは異なる。アキバはお互いがお互いを励まし高めあう「団結」のスタンス、アザブ(主に煌とたま)は金と名声という絶対的な価値観で結ばれる「契約」のスタンス、シブヤは個人がそれぞれの野望の為に動く「孤高」のスタンスと、エリアの「関係性」を構築する根幹の要素は異なる。

 では、ハラジュクはどうなのか。電音部ノベルハラジュク編において、雛と紫杏は美々兎への憧れの感情を抱えている描写が存在する。そして、ハラジュクエリアは美々兎が帝音を落ちなければ、電音部は立ち上がらず、雛も紫杏も「電音部」という物語には現れなかったと言える。そういう部分で、雛と紫杏は美々兎に「依存」しているのだ。

 それに対して、美々兎は自立しているのかといえば、そうではない。ハラジュク編では口が裂けても言えないとしながらも、雛と紫杏の存在が必要だと思っている。つまり、美々兎がいなければ存在しないハラジュクエリアの雛と紫杏という存在が美々兎を支えている。この、ウロボロスの輪の様に”歪”んだ「依存」の関係こそハラジュクエリアの「関係性」なのだ。

 この事から、美々兎の歌詞の歌い分けと雛、紫杏の歌詞の歌い分けによる視点は異なると考えられる。雛、紫杏にとっては時に波乱(潮汐による波)を起こす月である美々兎がいなければ、自分達はバラバラに離れて失ってしまう。だからこそ、太陽に照らされた事でしか輝けない見かけの輝きであろうと、自分達に光を灯す「月」に離れないでと祈る。しかし、後半では離れてしまう事をわかっていながら、スーパースターのように、その夢をちゃんと叶えられるようにと純粋な美々兎の成功と祈るのだ。

 それに対して、美々兎は歌詞の前半で「自分の力で輝きたい」と願う。しかし、それに対して、輝く周り(社会)の意見は無責任に応援する事から否定するものまで美々兎の目には歪められた光が伝えられる。そういう中で、自分が存在するには雛、紫杏が必要である事に気づき、離れてしまっても成功を望む雛と紫杏が自分の夢が叶うように祈るのに対して、二人が離れないで進めるようにと美々兎は祈るのだ。

終わりの考察:「あなた」と「きみ」の距離感の違い

 歌詞の前半と後半で、それぞれの祈る内容はそれぞれの意に反するような”歪み”を持っている。しかし、最後の部分では一転して、それぞれが離れないでと祈る。そこには、よそよそしい他人の「あなた」ではなく、自分達を形作る重要な要素である「きみ」に関しての祈りとして。

おわりに

 いやあ、個人的にはこじつけといっても差し支えないような無理くり考察になっちまったなと思ってます…(笑)。この辺り、楽典的理解度もあれば見え方も変わるのかなとちょっと考えたりしています。後、OTOTOYハイレゾのサンプリング周波数がいつもは48KHzなのに、Distortionだけ96KHzなのは相互変調”歪み”を意図的に狙ってる…?のでしょうかね…とまあ、理解したようで理解し切れていない気がする「Distortion」。個人的には他の人の解釈も聞きたいなと思いました。次の記事は書くといっていた時系列の整理でもやろうかなと計画していますので、また暇でしたら当ブログをご覧くださいませ!

[参考文献]

潮汐」(潮汐 - Wikipedia)

重力場」(重力場 - Wikipedia)

重力レンズ」(重力レンズ - Wikipedia)

ハイレゾリューションオーディオ」(ハイレゾリューションオーディオ - Wikipedia)

歌詞情報 ゆうさん(https://twitter.com/HINA_HARAJUKU)より