はじめに ~概念DJイベントが抱える矛盾~
この記事を読む前に、前回、Vol.5の公募の総評代わりとして拙筆ながら書かせていただいた記事がございますので、そちらを読み、「概念DJとは?」のさわりを理解した上で読むと、より楽しめると思います。
さて、この記事を書いている私、outcryは嬉しいことに「DJ GabaEさん」名義で何度か、キャラクターやコンテンツコンセプトのいわゆる「概念DJイベント」に呼ばれたことがございます。
そして、ブルーアーカイブで最たる「概念DJイベント」であるBlueEnsembleのレジデントとして、「概念DJ」とは何かを日々、考えさせられるポジションにいる訳なのですが、そんな折、友人とクラブで酒を飲んでいると不意にこんなことを言われました。
「ただ、概念DJしても小説同人誌には勝てないよね」
これを聞いて、概念を標榜するイベントに属している身ではありますが、正直、たしかになと思わされてしまったのを今でも覚えています。
我々、人間は古来より「言葉」というツールを用いて、美しさや心情や、物語を紡いできました。
それは同時に、「既存の音楽を組み合わせて」伝えることよりも遥かに長い時間を費やされることで研鑽された表現技法を持っていることに他なりません。
そんな「小説」と「概念DJ」、どっちがより確かな文脈があり、創作性に富んでいるのかと言われたら「小説」の方が圧倒的に軍配が上がります。
そして、この事実は「概念DJイベント」に対して無慈悲にも矛盾点を指摘してきます。
それは「より明示的な詩的、文学的な繋ぎ」を志向すればするほど、「同人誌」との比較となってしまい、概念DJそのものが破綻しかねないということです。
「これって、歌詞が〇〇の概念楽曲で~」だったり、「この曲の背景って〇〇の内面にフィットしてるよね~」と歌詞や楽曲が持つ背景情報などのより明示的な部分を論えるほど、その議論は「文学性」を帯びていきます。
そうして、論じられた「文学性」がある一線を越えた時、概念DJの前に立ちはだかるのは数多の書き手たちの熱意という血によって綴られた「同人誌」になります。
こうなると、我々の付け焼刃のような「概念~」では勝てません。なぜなら、相手は自らの言葉でもって表現する”創作者”であり、我々、概念DJは人の物語を「〇〇は××の物語である」と嘯いているだけでしかありません。
ここまでの話から「じゃあ、お前は概念DJは小説等の同人誌の下位互換でしかないと言いたいのか」と言われてしまうかもしれませんが、そういった話をするつもりは毛頭ございません。
今回は「概念DJ」が持つ「DJ」をキーワードとしながら、「概念DJの本懐」という所をより深く掘り進めたいと思います。
前論:話をする前にDJの原点に立ち返ってみる

概念DJを語るにあたり、まずはDJという行為の原点をさかのぼりましょう。
なんと嬉しいことか、以前のDJをする前の自分がその辺りの歴史について調べた記事を(電音部と絡めて)4年前に書いているのでそこから引用します。
現実におけるDJの誕生は1969年にアメリカのフランシス・グラッソによって行われた、曲と曲とを繋ぎ合わせるというMIXから始まっている。このDJの文化は貧困層や差別に苦しむ黒人達にとっての表現と娯楽の場に欠かせないものとなり、「ヒップホップ」や「ダンスミュージック」と新たなミュージックへと繋がっていく。
現実世界のDJも80年代前半から起きたスクラッチなどの技術の発展により、スキルを競うパフォーマーの要素が色濃く現れ、現在の我々が抱くDJ像へと繋がっていく。
その上で、更に深堀りしてフランシス・グラッソに着目すると、こんな記事がございました。
彼は、それまでのDJのようにオーディエンスからのリクエストやポップチャートの順位に形通りに従う曲選びを徹底して拒否。
自らの個性と音楽観を前面に押し出し、選び抜いた楽曲のストーリー性によってオーディエンスを熱狂させ、フロアを一つの「音楽の旅」へと連れて行く革新的なプレイを展開したのです。
それまでのDJプレイは、1曲がかかるごとに物語がその都度終話していましたが、フランシス・グラッソは曲という「点」と「点」を滑らかにつなぎ合わせることで、一本の美しい「線」となる大きな物語をフロアに提示することができました。
この様に深堀りすると非常に面白いことが分かります。
今日のDJの原点とは本来は繋がらない点と点である楽曲たちを一つに結ぶ「線」となる物語を創り出すことにあるのです。
ここまで読んで察しの良い方は気がついたかもしれません。
これは以前の記事で書いた「再構成」に非常に近しい行為です。
音楽が持つ”物語”を重ね合わせ、一つの自分の”物語”を創り出すという行為。
前述した再解釈で伝えたいメッセージを形に出来たと思います。ここまで来れば、後はそのメッセージに合わせて、自分の想いを込めて物語を創っていくだけです。
私は以前の記事でこれを物語の「再構成」と呼びました。
それと同じように、DJという行為の原点には既存の「物語」である楽曲を繋ぎ合わせ、新たな「物語」を創り出すことが根幹にあったのです。
余談ですが、グラッソ以後、この思想を最も体現していたのはラリー・レヴァンであると個人的には思います。
若くしてGarageというジャンルを築いた天才が残したMixテープの数々は今も愛する人が多いのも頷ける珠玉の物となっています。ぜひ、DJを志す人は聞いた方がいいかと。
さて、話を戻して、DJの原点には「物語」というキーワードが深く関わっていることをここでは提示しました。
では、この「物語」とは一体何なのか?ここについて深く言及していきましょう。
提起:DJとは聴き手がいて初めて成立する芸術である

ここ最近の話題として「DJしかいないクラブ現場は健全なのか?」みたいな話が上がっていましたが、個人的には「DJであろうとなかろうと聴いてくれる人がいる現場ならいい現場ではないか?」と思っています。
それほどまでに、DJは聴いてくれる人の存在が重要なパフォーマンスだと思います。
ではなぜ、他のライブやコンサートよりDJでは聴き手の存在が重要なのか?それを紐解くには日本のDJの歴史で最盛期ともいえるディスコから考えていきましょう。
黎明期のディスコにおいて主役はDJではなく踊り狂う聴き手たちでした。
下のジュリアナ東京の写真にもある通り、最初期のDJブースはお客様に見える場所ではなく、PA卓と同じ裏方にあったのです。
そして、この事が示すのは、DJは如何に踊る雰囲気を創るかがそのDJの評価が全てであること。
そこには、DJの名前の偉大さなど関係なく「踊れるか、踊れないか」で評価が決まっていたと思います。

だからこそ、DJには音楽を聴いて、心を揺さぶられ、思わず踊ってしまう「お客様に向けた踊る為の物語」が必要だったのです。
聴き手のお客様全員が「踊りたい」と自然と身体が動いてしまう、楽しいクラブシーンを想起させるそんな物語が。
この様に、黎明から刻まれていった物語の数々が人々を熱狂させ、DJを今日のクラブの主役へと押し上げたのです。
このことを踏まえて、前論で述べた「DJとは聴き手がいて初めて成立する芸術である」という論説を考え直すと、議論するのに値はするのではないかと私は信じています。
聴き手が主役だった時代を経て、今のDJ文化に繋がっているのだとするなら、その事実を確かに、議論をすることが重要だと私は考えます。
結論:概念DJとは「語らず」とも、聴き手の魂を揺さぶることに本懐がある

ここまで、DJの原点はどういうものなのか?そして、DJにおいて聴き手とはどういう存在なのか?を自身の考えも加えつつ語ってきました。
それらを踏まえ、概念DJを志す人が目指すべきこと。それは「「語らず」とも、聴く人たちの琴線に触れ、各々が物語を心の中で紡いでしまう。そんなDJパフォーマンス」なのではないかと自分は考えています。
身の上話にはなりますが、魔法少女ノ魔女裁判というゲームの世界観をイメージしたDJイベント「L'Eden delle verità di ragazze |=共犯者達ノ空想楽園=|」を私と共に主催したわんこ/いぬいというオタクがいます。
私が聞いてきたDJの中で一二を争うレベルで概念DJの上手なDJなのですが、前回のブルアサの講評に寄せて、以下のコメントを残しています。
概念って命なので、自分がその生命を全うするところから始まるんですよ。
— わんこ/いぬい (@Inui_Ruka) May 22, 2025
そうすると自ずと光明が見えてきて、気づいたら成っているものだと思うんですよね。
DJという観点で見るなら、キャラクターが生きてきた年輪を曲で表すものかなぁって考えていたり。
— わんこ/いぬい (@Inui_Ruka) May 22, 2025
「(任意のキャラクター)の曲たち」を聴いた人全員その場で納得させる圧を持っていないといけない。
概念を自分で説明してはいけない。聴いた人に説明させるくらいの解像度を持たなくてはいけない。
— わんこ/いぬい (@Inui_Ruka) May 22, 2025
これは「概念DJ」の本質を突いた言説であると私は思います。
「同人誌」と「概念DJ」の違い。それは必ずしもDJは「語り手」である必要はないのです。
クラブで踊ることに理由なんてなくて、ただ踊りたいと心の底から思ってしまうから自然と身体が動いてしまうように、概念DJも「その想いの強さに魂が揺さぶられ、物語に想いを馳せてしまう」そんな瞬間があるのです。
それは、さながら洞窟から抜け出してイデアに辿り着こうとする囚人のように、「概念」という形而上の存在を映そうと命を燃やすそんな生き様に似た煌めきこそ、その場にしかない「一回性の芸術」だからこそ人を惹きつける、概念DJが他に勝る最大の魅力なのです。
完全な余談ですが、前述した「L'Eden delle verità di ragazze |=共犯者達ノ空想楽園=|」にて、わんこさんがどういうプレイをしたのか、再現Mixを録ってくれたので、ここで特別に公開しておきます。(聴くに際して、まのさば既プレイ大推奨です。)
本日の #きのクラ のセトリです!
— わんこ/いぬい (@Inui_Ruka) May 9, 2026
やりたいことかなりできたな~という感じでした、概念DJ、やっぱり好きだ……
MiliさんのYear N、よかったら和訳歌詞も見てみてください! pic.twitter.com/MJmJxO9W4Y
おわりに
今回、Winnerとして選出させていただいたマトさん、S/∑iméさんは共に、今回、ブルアサ運営陣の心を揺さぶった珠玉のMixを持ってきたなと個人的に思っています。
これは決して、他の方のMixが悪かったかというと、絶対にそうではないことはここに記しておきます。
しかし、その上で「人の心を動かす強い力と魂の籠ったMix」であったと運営陣3名が認めるものであったのは確かです。
きっと、選外になって悔しいと思っている方もいると思います。この記事を読んで概念DJには向いてないのかもしれないと思ってる人もいると思います。
そんな人にこそ、BlueEnsembleに来てほしいと私は心の底から思っています。
DJが魅せる「概念」にあなたの心を揺さぶられる。そんな瞬間がきっとBlueEnsembleにはあります。
特にサブフロアに集まっているDJはブルアサ運営陣が「最強」と思う「概念の魅せ方」を持つ人たちを集めました。
もし、この記事を読んで、一人でも多くの人が来てくれるのであれば、私は嬉しいです……!
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